ふるさと田川賛歌が後藤寺小・中で流れる

| コメント(0)

 ふるさと田川賛歌は、読売新聞で紹介されてからCDも100枚ほど出て行きましたが、まずまずの支持を受けています。
先日は、源じいの森コンサートで発表会を行いましたが、大変好評でした。
 会場には作詞者の宇都宮さん、歌詞カードを作ってくれた竹崎さんらが駆けつけてくれて、宇都宮さんから挨拶を頂くなどちょっとした感動のセレモニーもできました。
 この歌は、ご当地ソングとして後藤寺小学校で放送されたようですが、昨日は後藤寺中学校で流してくれたとの事です。
 田川燦燦とは田川の栄枯盛衰と未来への希望を大人たちに、
ふるさと田川賛歌はやがて巣立っていく子供たちに向けたメッセイジソングとして歌っています。
 とにかく何かやって田川を盛り上げたい一心で曲を作っています。冗談では今年の紅白にと意気込んでいますが、本当は町おこしソングとして、田川に波紋が広がっていけばそれでよいのです。決して芸能活動を目指しているのではありません。
 沖縄音楽がそうだと思います。
 私と同じようなスタンスに立ち、初めて陽の目を見た夏川りみチャン。芸能界に憧れ、アイドルデビューしても売れなかった彼女がいまや沖縄の歌姫としての地位を確立しました。夢も希望も無くした、歌唱力抜群の彼女がどん底から這い上がってきた。
 涙そうそうの歌。私は冗談で時期尚早(音が似ているでしょ)
って言っていますが、彼女には売れるタイミングが必然としてあったのでしょう。
 田川が復活する必然を作っていきましょう。私はこの運動を是非続けて生きたいと思っています。そんな情熱しかとりえがありません。余談ですが、いづれ全国放浪の歌行脚に出るつもりです。
各地で田川の歌、神津の歌を歌って昔のフォークゲリラのように全国制覇していくつもりです。
 ふるさと田川、ふるさと神津島のため、自分のために。 
   
       シンガーソングライター 
        さくらい英夫

コメントする

ウェブページ

  • about
Powered by Movable Type 5.2.11

このブログ記事について

このページは、木村知弘が2006年3月24日 09:43に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「:福岡県内のビッグプロジェクト考察」です。

次のブログ記事は「ぼた山跡地田川星美台団地分譲の心配」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。