成人式に思うこと

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5年ほど前から、成人式に出席する新成人たちの傍若無人な振る舞いが目立ち、毎年テレビで報道されるのは、社会人として決意を新たにした新成人の姿ではなく、大人になりきれない幼稚な若者の姿。あれはごく一部の若者の姿なのであろうが、確かに私たちの成人式のころと様相が変わってきているようだ。

私の成人式を懐かしく思い出してみると、市長はじめ来賓からの祝辞を頂き、新成人代表の決意表明等厳粛な雰囲気の中で式が進められた。

もちろん式が終われば同窓会。

「今日から堂々と飲むぞっ~!」と集合場所は、いつものS君の家。

私たち同級生は、Sの家族には、大変お世話になっている。
Sのおやじさんは、大変、男気のあるさばけた人で、高校時代からちょくちょく泊りがけでお邪魔しては、飲ませてもらった。それも中途半端な人数と回数じゃない。
運動会、試験、学園祭、クラスマッチ、ありとあらゆる学校行事があるたびに打ち上げと称してSの家に20~30人近く集まり、飲んでいた。K君が、いつもギターを用意していて、みんなで一緒に歌ったものだ。
おばさんも、いつもにこにこしながら、私たちの為につまみや食事を用意してくれた。おばさんの料理、美味かったな~。妹のMちゃんも良く手伝ってくれてた。

必ず、おやじさんが、各家庭に今日は泊まらせますからと親に電話で伝えてくれていた。もちろんバイクのキーも没収され帰れないのだ。

私は、父が、既にその当時、身体障害で入退院を繰り返しており、父が居ない寂しさもSのおやじさんが紛らわしてくれた。酔っ払うと、みんなによく説教をしてくれたものだ。

「男はこうでなくちゃいかん」ってな具合に、相当な硬派だった。

ほんとに、S君家族のお陰で、楽しい思い出を沢山作ることが出来たし、私の人生に影響を与えてくれたおやじさんだった。

そのおやじさんもSが大学を卒業してまもなく、不慮の事故で亡くなる。
自分の父のように寂しかった。

Sは、いつも口癖のように「いつか親父を超えてみせる」と言っていた。若くして苦労をし、今ではりっぱな町医者だ。これもおやじさんが彼に与えた試練のお陰かもしれない。

Sからの賀状には、今年も元気そうなおばさんの顔が載っていた。ひ孫まで一緒に写っていた。Sは、もうおじいちゃんになっている。

今思えば、Sのおやじが、私たちを大人へと導いてくれたのかもしれない。
今、旅立とうとしている新成人の皆さんに、私たち先輩がしてやれることって何なんだろう。
(`×´)丿ウザイ!! って言われても伝えていかなければ成らない、田川の精神文化があるような気がしてならない。

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このブログ記事について

このページは、木村知弘が2006年1月 9日 13:46に書いたブログ記事です。

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